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京都市内にも雪が!

2014/12/18



冷たい風が吹いていた昨日からの雪!!

市内は初雪?だと思います。

FRANK WORK STUDIOの屋上は人工芝なのですぐ積る

すぐ凍る!滑る!これ以上降らないで!

屋上のテントの雪落としだけは避けたい!

早く春来ないかな!

12月も後半に差し掛かりましたがスタジオの空きが

まだあるのでご利用お待ちしております。

京都 島原

2014/12/15



FRANK WORK STUDIOから徒歩2,3分のところに島原という地域があります
ので軽く説明させて頂きます。

島原の正式地名は「西新屋敷」でありますが、官命により、寛永18年(1641)に前身にあたる六条三筋町から移され、その移転騒動が「あたかも島原の乱の如し」と流布したことにより、「島原」と呼ばれるようになりました。

 島原は、寛永18年の開設以来、公許の花街(歌舞音曲を伴う遊宴の町)として発展してきましたが、単に遊宴だけを事とするにとどまらず、和歌や俳諧などの文芸が盛んで、江戸中期には島原俳壇が形成されるほどの活況を呈しました。また、幕末には、女流歌人蓮月尼が島原を褒めた歌を遺すなど、女性にとっても親しい町でありました。ここが閉鎖的な江戸の吉原と大きく異なり、老若男女の出入りも自由で開放的な町であった所以です。維新以降は、明治6年(1873)に歌舞練場が開設されるとともに、青柳踊や温習会が上演されましたが、立地条件の悪さのため除々にさびれてゆきました。往事の賑わいは戻らないものの、花街としての営業は昭和52年(1977)までなされ、京都の六花街の一つに数えられておりました。

 島原では、宴席の揚屋や茶屋と、太夫や芸妓を抱える置屋とに分かれる営業形態をとり、これを「送り込み制」と称します。吉原などのいわゆる「遊廓」は自ら娼妓を抱えて営業を行います。こちらを「居稼ぎ制」と称します。島原の営業形態は現在の祇園などに伝えられています。現在の花街は、すべて揚屋と同じ「送り込み制」をとっています。

 したがって、島原は「いわゆる遊郭」の町でなく、「花街」というべき町であり、江戸中期には俳壇ができるなど京都文化の中心的役割を果たしていました。


といった町が今も残っている建物もあり
その建物を利用しBARや美術館などになっています
地方から来られたお客様是非とも足を運んで下さい。

京都不動産 KAWABATA-channel

2014/12/09



京都に少し変わった不動産が開業されました。

その名も 【株式会社川端組】

12月7日に開業パーティーに参加させて頂きましたが

まぁ〜凄い人の数でした!(人脈凄いです)

ちょっと変わった不動産お探しの方は是非とも

株式会社川端組にご相談を!


『株式会社川端組』





八布|ripins

2014/12/05



今日は、お店の紹介です。

FRANK WOKSで施工をさせて頂きました八布|ripinsさん

が12月6日〜20日までオープニング記念セールをされます!

是非とも足を運んでくださいね!

京都市中京区御幸町通御池下ル 奥山ビル2F



【お問い合わせ】